24回目の僕

さっき24歳になった。

この日記は残り僅かな、最後までの時間を通して
何ができるのかを模索している途中の殴り書きである。

今日という日は、
昭和天皇と同じ名前の僕が生まれて、
北朝鮮の故独裁者が生まれた日でもある。

そんなこんなで、
たぶん僕の世代は何か違って見えたんだろうな。
周りの大人から見て。


僕が子供の頃、僕らと同い年ぐらいの子供達を誘拐したり、ハイジャックしたりした事件が多かった。
なぜ「少年犯罪」がはびこっているのかを、ワイドショーひっきりなしに取り上げていた。

宗教の怖さも知った。人が信じすぎて、他人を殺めることも厭わなくなるとき、
その怖さに、その得体のしれない気持ちに、鳥肌がたった。

震災は関西をおそい、夜の町に燃え盛る炎の映像が目に焼き付いた。
そして両親を亡くした子供が書いた黒い虹の絵。
その時の「恐怖」はそれから約17年後の去年、身をもって体験することになった。

そして映画では「僕らは仮想現実のなかにいるんだ。」と言ってた、銃弾を避けながら。
そしてそいつは最後仮想現実の警備員をぶっとばした。

成功の証であったアメリカンドリームも、
地球の反対側では憎まれることもあることを知った。

そしてその報復と謳いながら、裏では石油を盗む人達の
創り上げてきた文化、そしてその文化に加担してきた
僕らの生活ってなんなんだろうと、
極無意識的にも本能的にそう思った。

ラッパーやポップスターが掲げるライフスタイルなんて
全く幸せなんかじゃないのに、それに魅せられ、絶望して、
いつの間にかコンビニで買える愛に満足して、

「ストレスが原因」という病気に人は悩まされ

親や友達は病み、
なぜか人肌だけが恋しくなったり、

「仕事場には俺の居場所はねぇ、家にも。。」
という大人の愚痴を聞いて


そして、僕らは就職が難しい時代やら、
年金が保証されていな時代がくるやら言われ、

なのに笑っていれば「ゆとり」とくくられる






そんな「時代」を




俺らはもう生きなくていい。









あの「時代」で
得れたものに対して、犠牲になった代償は

僕らがあの時代で得たものを、シェアして
分かち合いたかった人達との時間と心だ。





でも、人の幸せってなんですかね。

幸せというのは、自分がずっともっているとなくなってしまうもの
なのかと最近は思ったり。

分けてあげて、それで彼が幸せなのをみると、自分も幸せになる。
でも自分がもっているわけではありませんね。

では自分がもってたんでしょうか?
自分も誰かからもらったのかもしれませんね。

それが命の連鎖なのかな。






そういえばね、
尾田栄一郎さんは24さいで「アーロンパーク編」をかいたんだ。

ナミの一言で「あったりまえだ!!」って言って、

勇よく立ちはだかる壁にぶつかっていくルフィ、

かっこいいよね。

あのあと、ルフィは何をするかっていうと、
あの場所時代を壊しちゃうんだ。

「こんな場所があるからいけねぇんだ。」って。

そうだよね、まだまだ現実ひっくり返して、挑戦していけるよね。













さて、もう少し最後まで。

MB100 AWARD_モンスターボール100個アワード:ウェブサイト部門

一年をまとめる、都内勤務のデザイナー視点でみた
クリエイティブな作品を賞する祭典!

今年は本当に怒涛の一年でした。
人の心は多いに揺れ、悲しみ、驚き、喜びました。

そして今年は、それらの感情すべてを
歴史上で一番”共有”した年でもあるといえるでしょう。

Twitter/Facebookなど、技術の進歩にあわせて
人々の歴史も目まぐるしく変わっていきました。

でも”良いもの”は、時の流れですたれたりしません。
時を越えて輝き続けることができます。
それこそ最高に”クリエイティブ”ですよね!

そんな事を考えながら、
自分の人生で一番、目まぐるしく動いていた一年の中で
心に残った作品を紹介していきたいと思います。

紹介方法は60個(5位)から100個(1位)という順に
モンスターボールの個数で表彰していきます。

まずはウェブから!


ウェブサイト部門

モンスターボールx60 UrtheCast - The Earth Video Camera

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世界初のHD地表映像を24時間中継するUrtheCast(発音はアースキャスト)。
google mapで見れるよりもさらに鮮明になるのではないでしょうか?
しかも、24時間中継です。

今はβテスト中ですが、プレビューで見れる動画からも期待は大。
しかもAPIも公開する予定との事。

来年間違いなく注目すべきサービスだと思います。
という期待の意味も込めてモンスターボール60個贈呈!


モンスターボールx70 the nicest place on the internet

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インターネットで一番優しい場所、というウェブサイト。
ここでは、動画の向こうの人に自分がハグしてもらえます。
自分もカメラに向かってハグする動画を投稿して、誰かをハグできます。

最近、人と人のコミュニケーションの仕方は記号化されています。
手紙から電話に、電話からメールへ。

そして今では"Like"というボタンひとつ。
それで、相手に気持ちを伝えた気になっていることもありがちです。

そんな今だからこそ、技術の進歩、 インフラが整ってきたことも利用して
普段はその場に居なければできない”ハグ”を共有するのというのは素晴らしいアイデアだと思いました。

ということで、モンスターボール70個贈呈です :)

モンスターボールx80 NOW I KNOW

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起業家達の”今ならわかる”経験に基づいた
ノウハウや成功のヒント、失敗談をまとめているサイトです。

今年の流れもあって、大半がウェブサービスを立ち上げた起業家達ですが、
こういったノウハウをシェアする文化があるのはとってもいいなぁと思います。

デザイン(特にグラフィック)の世界では、誰かアートディレクターの下にでも
つかないと技術やセンスを学ぶというのは本当に難しいです。
ちょっと業種が違うので僕らデザイナーにそのまま当てはめられることではないですが
僕らも沢山”共有”して高めあう事ができればと思います。

とても参考になるので一度是非。

これはモンスターボール80個あげます。どうぞ。


モンスターボールx90 timelines

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「みんなで世界中の年表をつくっていく」サイト、timelines。
このサービスは今後本当に目が話せないです。

トピックごとに(例えば十字軍の聖戦の歴史や、第2次世界大戦など)時系列に出来事を
みんなでまとめていくようになっています。クラウドソーシングで世界中から情報を集められるので
今まで知らなかった出来事がボンボン出てきます。

世界の歴史を紐解く大きな鍵になりそうですね。

個人的にもクラウドソーシングが今後の鍵になってくると思っています。

現在は英語だけなんですが、とりあえず話すよりも見て欲しいので
説明はこのくらいで。

ひょっとしたら、これも世界を大きく動かすサービスになるのではと思っています。

可能性にしげきされて、90個モンスターボールあげちゃいます!ポケモン図鑑コンプリート目指して頑張ってください!


モンスターボール100個 Awsome People Hanging Out Together

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すっごい人達が一緒に過ごした一時をひたすらポストしています。

これ、なんと”タンブラー”を使った
とってもいたってシンプルなサイトです。

今までffffoundやブログに散らばっていた
小さいスポットに特化するだけで、これだけ魅力を引き出せるのはすごいです。

そしてこのテーマ選びにも脱帽。

そして見ていて、とてもおもしろい。

直感的に一番「うわぁぁ...!」となりました。

ここまでのコレクター精神は、モンスターボール100個贈呈するにふさわしいと思います!
これからもポケモン151匹ゲットする勢いで頑張って欲しいです!

銭湯がすきだよ

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銭湯がすきです

銭湯がすきです。

幼い頃から、親によく銭湯に連れていってもらいました。
近所に中規模な温泉ができてからは、旅行に行った際に
近場の銭湯で行くぐらいになりましたが、それでも良く行ったほうだと思います。


今日も銭湯に行って来ましたが、思ったことが一つ。
「銭湯がすきです。」

そう思って、銭湯の事を思いめぐらしていると、
超感覚的な視点からですが、面白い点に気づきました。

1:銭湯はルームシェアににている
2:銭湯は学びの場
3:銭湯で時間の概念から外れられる

ということです。
でわいきます。

銭湯はルームシェアに似ている

日本人はルームシェアが苦手だというイメージがあります。
実際に僕の周りでも”人と一緒に住むのは無理”という友人が何人もいます。

そんなわけで、多くの人が
一人暮らしをしているわけですが、
家はとても狭いです。
広いお部屋は、ある程度働き
稼ぎも出てきた人達じゃないと住めないので、
普通はめちゃくちゃ狭いお部屋です。

お風呂はさらに狭いです。
つーかトイレと一緒です。

自分の中に、少しだけ
「人と共有する気持ち」があれば、
ルームシェアができます。
確かに、部屋が汚かったり、
またはゴミをちゃんと捨てなかったり、
爪食べたりとか、
人それぞれのだらしない点も見えてきたりしますが
そこさえも、許容範囲として生活できれば、
生活環境がガラっとかわります。

家賃が安くなり、部屋は馬鹿でかくなります。
ご飯、掃除も分担できるので負担がへります。
楽しみたい時は一人の何倍も楽しくはしゃげますし、
落ち込んでいる時は一人で悩まず、相談できます。

少し相手を受け入れる心をもつだけで、多くの良い事を共有できます。

銭湯も同じです。
お金を払い、多くの人と入りますが、
そのぶん解放されたスペースで体をがっしがっし洗えますし、
足をしっかり伸ばして湯船につかれます。
銭湯に書いてある絵も綺麗なものが多いので、眺めてるととてもリラックスできます。

日本人はもともと銭湯や温泉に入るという、
ルームシェア的な、場の共有の感覚を実は持ってるんですよね。

そのきもちはすばらしいですね。

なので、その気持が銭湯だけでなく、
もっと生活の場面に活きてくれば
今よりいい、思いやりな生活ができるのではないかと。

そんな気持ちが垣間見れる日本の銭湯が好きです。

銭湯は学びの場

銭湯には多くのお父さん方が集まっています。
結構年齢層が上であります。

なので僕ら若造はそこから多くの事を学べます。

お風呂の入り方一つでもそうです。
湯船に浸かる前に、体をきれいにしたり、
使った場所は、後の人の為にきれいにながしたり、
更衣室では床がびしょびしょにならないように
体を拭いて上がったり。

他人への気遣いというものを学べます。

そして何よりも、お父さん方とのお話です。
実際、僕は去年ひとり旅をして東京から鹿児島まで色んな県を旅していました。
そして泊まる先々でよく近場の銭湯を利用させてもらったのですが、
おじいさんたちは良く話してくれます。
昔の自分たちの話がほとんどです。

少し「絡まれた〜」とおもうかもしれませんが、
考えてみると、こんなに世代の違う人の話を聞く機会はめったにありません。

時代の違う、違う業界、違う道の人達の話は本当にためになります。
これもまた学びです。

そして仲良くなった暁には、知り合いの宿を安く紹介してくれたり、
飯をごちそうしてくれたりするのです。

いたれりつくせりです。

ここでまた、学ばされる人の優しさです。


銭湯で時間の概念から開放される

銭湯という”超リラックス”な時間を、
例えば、普段人がお風呂に入らない時間(たとえば午後3時)に入って、
風呂からあがって家に帰るまでの商店街の道のりなどで感じることができます。

周りの人とは時間軸ずれた様に感じて、周りが普段リラックスしていないときに、
超リラックスしている自分とのギャップで脳内トリップできます。

できれば、バスタオルを頭にまいた状態で歩きながら帰ってください。
さらに脳内トリップすることができます。

これは、科学的にはどう解明できるのかわかりませんが、脳内からなんかでていることは確かです。



貼り詰まった平日の自分から解放され、
リラックスした状態で多くの事を学ぶ事ができる場所
「銭湯」を是非おすすめします。

ちょっと一息ついた時に聞くと涙腺崩壊懐メロ14

おばんです。
最後の投稿から約4ヶ月。

季節は巡り、また寒くなってきました。

今年はがむしゃらに動き、がむしゃらに考え込む毎日です。


今日は、ゆったりできたのですが、
無性に懐かしいメロディにひたりたくなったのでネット上をあさってみました。

ちなみに、あえてベタからはずらしています。
みんなの記憶の奥底に眠っていたものを掘り出せれば
といいつつ完全自己満です。

いきます。

1:すかんち - YOU YOU YOU


天才テレビ君初期のEDです。まだダチョウ倶楽部が司会だった頃の。
最近になって久しぶりに聞いてストレートな歌詞にうたれました。

2:がんばれ!アインシュタイン


これも天才テレビ君のED、泣ける

3:Still for your love - rumania motevideo


コナンのED、倉木麻衣ZARDの印象がつよいですがこれもまた名曲なんです


4:WANDS - 錆ついたマシンガンで今を打ち抜こう


アニソンまっしぐらだった頃、ひたすらWALKMANWANDSのこれ聞いてました。かっこいいっす
かっこわるくてもいいから、ツッコメーーー!みたいなかっこよさはこの歌に教えてもらった気がします

5:ZARD - Don't you see


昔からの友達も絶対大切にしたいす!友達大切す!このGTのEDの映像も大好き

6:ブラックビスケッツ - タイミング


ウリナリで大好きだったのはポケビで100万人の署名とかもおくった程だったんすけど、いま聞いたらじーんとくるのはブラピ。

7:ブラックビスケッツ - bye bye


はい、またブラピ。一番の目玉じゃないが、こっちのほうが個人的には懐かしい。

8:野猿 - Be cool


かっけーって思ってました

9:SMAP - 君色思い


中居くんの歌い出し最高!この頃はSMAPがまだ6人でした

10:テレビ絵本 - 夢の中


これは知ってる人いるかな〜?夕方におかあさんといっしょが始まる前くらいにやってたやつのOP。
わかるかなぁ〜。

11:ポケットモンスター - ポケットにファンタジー


涙腺崩壊!人生で最初に作ったホームページもポケモンの攻略サイトだったYO!

12:Butterfly/Hero


なんだかんだ懐かしい。ジーンとくるわけじゃないけど。


13:FF/DQ



14:ロミオの青い空 - 空へ


最後はこれ。専門学生の時に全話見直して、ぼろなきだったです。




ということで全体を通して
僕がどれだけアニメばっか見てた小学生だったか
わかったとおもいます。

だれか友達になってください。

Quoraデザイナー4人目、上杉周作くんの講演「もしデザイナー2ヶ月半の若者がデザインの話をしたら」にいってきました。

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7月8日慶応大学湘南キャンパスにて、実名Q&AサイトQuoraで4人目のデザイナーとして働いている上杉周作くんの講演があった。

2日前ぐらいに@jayjpnがSFC行くってつぶやいていて、前から@haruna26さんのツイートの影響でSFCには興味がすごいあって、ツイッターやりながら講義受けてたりしておもしろいなぁと思ってたんです。なので当日の仕事は時間を空けさせてもらって、いってきました。

どうせなのでメモをまとめるついでにみんなとシェアできれば。と。
暇だったら読んでください。

今、デザイナーが足りない

シリコンバレーのでのビジネスの特性上必要とされる。
“技術”と“デザイン”を双方理解しているデザイナーが少ない。

それは、ここ5年間で開発のスピードが劇的に変化したからで、

昔:一ヶ月に一回の更新
今:毎日日々更新している

ということでスタートアップ*1を理解したデザイナーがすごい必要になってきた。

今からでも遅くはないので、その双方を理解する事ができれば他の人たちと差別化できるという事だそうで。

シリコンバレーにとってデザインとは"見えない決まりを作る"こと。

まずシリコンバレーでは日々トップクラスの人材が、トップクラスの難題にチャンレジしている。
Facebookであればどうウェブをリアルにもってくるかということ、
Twitterであればリアルタイムの情報を集めるかということ、
Quoraであればどうやって人々の知識を集めるかということ‥‥

そういった難題に対して資金と良い人材を集め取り組んでいる。

シリコンバレーではアイデアには価値はない、数学で公式だけがあっても点はもらえないのと同じ。
なので、問題をどうやってどれだけクオリティ高く早く解決したかにかかってくるってことなんでしょうね。

これはデザイナーがラフ案で良い手書き案持ってきても、
仕上がりがうんこだったらうんこだね。っていうのと同じですね。


ここで、少しMacの中で見れるデザインのこだわりや、フィッツの法則*2が適用されているという話。

  1. Macはメニューバーがウィンドウについてこない。常に上にある。なぜかというと、ボタンクリックのエリアは大きければ大きい程ユーザーは辿り着きやすい。ウィンドウズと違い、Macだとメニューはウィンドウを通り越してもつっかかってとまるからクリックスペースは実はウィンドウの上までにもある。という感覚を与える。
  1. メニューの最後に…が付くものはクリックをすると必ずその次にもう一つステップがあるものになっている。
  1. ごちゃごちゃしたデータであふれてるときなどにもそうでない時にも必要な「検索」。Macの検索ボックスは全部角が丸い。必ず全て丸くなっている。Finderやアドレスバー。iPhoneもそう。そういった所から無意識に「あ、これで検索だな。」と分かるように設計されている。

このように目的にあわせて、細かい試行錯誤がおこなわれた、こだわりではない“ルール”が存在しているんですね。そしてそれがユーザー体験の中で無意識のうち活きてくる。

その前提の中で会社の中の役割には3つ種類がある。
エンジニア:機能を作る
ビジネスマン:宣伝をする
デザイナー:複雑な物事を整理し、そうでなく感じさせる「見えない決まりを作る」こと。

プロダクトデザインはビジョン先行

従来プロダクトデザインとは椅子やコップなどの事を指していたが、
最近ではシリコンバレーでは“コト”がプロダクトデザインだと呼ばれ始めている。

githubというプログラマーのためのSNSがありますが、
このサイトではプログラマーのプロジェクトをフォローする事ができます。
そして、自分がつくりたい事があってたら自分のプロジェクトに使いたいコードをgithubから探して使う事ができるわけです。

つまり、機能ありきのプロジェクト、デザインではない。と。
だから機能などを追加したアップデート事にデザインをしていくという事ではない。
目的にあわせて機能を選んでいく。

Quoraの例を一つあげると、
Quoraは目的としてQ&Aを実名でつかって、クオリティの高いものを提供する事なので、「同じ質問は一つにしたい」。なので質問ボックスと検索ボックスを同じにする事によって、同じ質問を投稿させないようにしたりしています。

その“目的”に直結したデザインが施されているんですね。
間の良さとか、色、整理の仕方、もすべて目的が明確なものになっていてそれに直結している。

シリコンバレーのデザイン手法:
まず目的をつくって、それを元に見えないルールを作り、そして機能を利用する。

これ“デザイン”の基本です。
僕もまだまだですが、デザイナーは制作会社に入ったら最初(あ、やっぱ人によるかもだけど)そうとうの質問攻めにあいます。「ここはどうしてこうなの?ここは?そこは?」ってな具合に。それに全部ちゃんと答えられなきゃいけないわけですね。

なので基本は一緒なんですけど、ただこっちのデザインの方がもっと目的がロジックな気がしましたね。紙とか“グラフィック”というからのデザインだと雰囲気だったり、センス的なところで決めたりする事がおおくて。(レイアウトはまたちょっと違うけど)ちょと変な位置に写真置いてみたり、とかね。。ま、その違いが結構聴いてて感じましたね。

機能からのデザインだと:
ユーザー(要望)→機能→デザイン
これが続くと、製品としてのビジョンがすごい揺らいでしまう。多くのユーザーのリクエストを聞くため。

プロダクトデザインだと:
ビジョン→目的→デザイン→機能→ユーザー→フィードバック→ビジョン
どんな事をしてもビジョンは揺るがない。
なので、意味のある方向で会社を作りたいということがあったらプロダクトデザインの方向で。

優秀な人材を獲得するためにはショートカットしないこと

技術や経営、そしてデザインの価値観が分かる人は少ない。
だから人材が足りていない。(そうとう優秀な人材が求められてるんですね‥‥)

なのでまず駄目な人を採用しない。そういう人がいると、会社の雰囲気も変わり優秀な人までも近寄らなくなるから。

シリコンバレーでは、人を面接するとき「知識は聞かない」という暗黙の掟がある。簡単なプログラミングの問題を解かせるんですね、そうるすと初心者は速くきれいに書けない。上級者にはできる。

知識を聞いて「これとこれ知ってる?」と聞くとほんとのスキルを知ることが出来ない。ショートカットになってしまう。それをさせない。


色々とシリコンバレーでの現状を交えた話をしてくれて、本当に良い刺激になった。
今まで周りになかなかそういったスタートアップに興味のある人たちが居なかったんだけど、
そういう意欲のある若い人がこんなにいるんだ!って事もわかったし。とても、うれしかった。

そしてなにより上杉周作くんの頭のキレは半端ない。。

デザイナーがこれから身につけなければいけないスキルが山ほどあるんだなぁ〜と
危機感も覚えつつ、がぜん自分のプロジェクトに気合いが入ってきましたよっと。

最後の質疑応答で気になったのは、シリコンバレーの弱点は?という問いに対しての答え。

シリコンバレーのエンジニアの弱点は、人を見下すという事。
これは一番やっちゃいけない。あとは、自分の会社に対して異常な気持ちを持つ事とか。”

この間のTEDにも、モラルの無いテクノロジーは争いや破壊を生み出すってスピーチあったなぁとか
思った。

そのテクノロジーで、人をどういう方向に向ける可能性があるのか、
そこもふまえてしっかり考えていきたいと思います。



あ、エンジニア、プログラマの方、何かサービスつくりたいと思っている方は
お気軽に@hish_1neかhish@the-1ne.comにご連絡ください。

一緒にサービス作る仲間をさがしています、よろしくおねがいします!

P.S. 講演のタイトル「もしデザイナー2ヶ月半の若者がデザインの話をしたら」、、
周作君本人がつけたタイトルなんだろうか。。なんか誰かが書いてあげてそう‥‥笑
あとTogetterはこれhttp://togetter.com/li/159101

*1:ベンチャー企業が売り上げもあまりない状態で、お金を出資してくれる方々に支えられながら、ビジネスをしていく会社のこと 引用元/http://mishuku.net/archives/2009/03/post-144.php

*2: フィッツの法則 Wikipedia - http://bit.ly/pqJkHq

クリエイターの罪と罰

First things first*1

まずはじめに、この宣言を読んで頂きたいです。
ざっくりでいいので。

宣言

ここに署名したわれわれは、それぞれグラフィックデザイナー、アートディレクター、そしてビジュアルコミュニケーターである。われわれが生きてきたのは、自分達の才能を最も効果的に、都合のいい形で、金儲けに利用する手段として、絶え間なく広告産業のテクニックと装置にわれわれがさらされてきた世界である。
(中略)
だがわれわれの問題解決能力には、もっと価値のある使い道が残されているはずである。いままでに例のない自然環境の、社会の、そして文化の危機がわれわれの目を見開かせようとしている。多くの文化的な内政交渉や、ソーシャルマーケティングキャンペーン、書物、雑誌、展示会、教育用のツール、テレビ番組、映画、慈善活動、そしてその他多くの情報デザインプロジェクトが今すぐにわれわれの専門能力と尽力をまさに必要としているのだ。われわれはそこまでいまよりもっと有益でしかも長続きするようなコミュニケーションの形をとった、今までとは逆の優先順位というものを提案する。それは商品のマーケティングを離れて、新しい意味を探し、そして見つけることへのわれわれの考え方を変えることである。議論の幅が狭くなりすぎているのを、大きく引き伸ばすべきである。
消費者主義があまり追求されずに進んでいるのを、これまでと違った視点から考えなおすことが必要である。

wikipedia - ファースト・シングス・ファースト

この宣言は僕が専門学校で勉強をしている時に、“広告”の元編集長でもあった池田正昭さんから授業を受けた時に知り、衝撃をうけました。

産業革命が起きて、大量生産され、大量に消費されていくなかで、そのプロモーションツールの
一つとして消費を促すような宣伝を企画する事を重きにしてクリエイターは仕事をしてきました。

しかしその大量に生産し、常に消費者を満足させた状態を維持させようとする社会は一見便利の極みかと見えたものの、人を逆に傲慢な精神を持った緩和状態にさせてしまったのかもしれません。

そして、本質の”生活”が当たり前になりすぎ、それをおろそかにして、品のないコミュニケーションの形を”クリエイティブ”や”おもしろい”といった動機で作り上げてきました。

実際に、十年前などにCMで一世を風靡したBUDWEISER WAZAAAAAAAAAAAAとか、

面白いんですよね。
面白いんですけど…その時は、面白いでよかった。

その”面白い”といった事自体には罪はないとは思います。

ただ、その背後にある社会のあり方、社会の人を扱う流れの傾向を
しっかりと見定める事をしていなかったのではないでしょうか?

なので、高度成長期にあった国はそのまま成長を続けてきましたが、
いまの経済をもってすれば世界中の貧困をなくす事ができるとも言われているにもかかわらず、
そこにはお金は全くと言っていいほど流れません。

いや、流れてますけど…割合を比べると……

で、その状態を

”働かざるもの食うべからず”や”弱肉強食”

の言葉でかたづけるのならばそれまでなのですが……。

そのまま”調子が良い”人たちだけが抜き出た社会を維持した結果が
”環境破壊”や”戦争・紛争”、”貧困”などの問題を置き去りにしてしまう結果に
つながってきたのではないでしょうか?

現状:利益のおまけの社会貢献

今だからこそ、CSRという名の下に色々な行動を企業レベルで行っていますが、
この状態を俯瞰してみるならかなり手遅れな状況であたふたしているように見えます。

近年任天堂までもが”CSR活動”を始めました。
その内容によると、自社が提供するゲームなどを子供たちに提供したり、
ゲームを作ることを学べる環境を提供したりなどして、
ゲームをの”楽しさ”を通して社会に”楽しみ”を与えようとしてる訳です。

つまり、それを通じて社会を、人を、人の心を明るくしようとしている訳です。

そこで、ちょっと疑問に思うんですが……。
それってゲームを提供する任天堂の”大前提”ではないのか?と。

任天堂が今更改まってそこに取り組むということは、ある意味、
近年作ってきた、または任天堂を通して提供してきた”ゲーム”ではそれをなし得ることができなかったって意味なんじゃないんですかね?

別に、任天堂をだけを敵にみたいにしたい訳では決してないです。

何が言いたいかというと、いままでに消費者に提供してきたものでは経済的な高度な成長はできたが、人の心を本当の意味で幸せに導くことはできなかったと。

まぁ、そこまで完璧を求めないにしても、今のやり方では問題がある。と。

この国がもつ病

うつ病増加の一因!? 現代人が陥った「空虚な承認ゲーム」って何だ?
2010年の自殺者、依然として3万人超え 警察庁
日本で自殺が多い理由

その象徴が先進国に蔓延することで有名な不思議な病気、病気”鬱”とその先にある”自殺”です。

今年の3月11日にあった震災で亡くなった方は約1万8千人前後だと思います。行方不明者を含めると2万超えますが。

実は、こんなデータが先日公表されました。
日本での自殺での死亡者の数が去年を上回り3万人を超えたのです。

これはそうとうな数です。
津波のような災害が一気に人の命を失うこともありますが、
じわじわとしかし確実に人の命を蝕んでいるものもあるのです。

その3万人を、例えば今回の震災抜きに去年聞いたとしたら、
ほんとうのほんねを問いただせば”自殺は自業自得”や”鬱は心が弱いから”などという何か目を逸らしてしまう気持ちがみなさんのなかにあるのでしゃないでしょうか?

2万人の被害者のために、国をあげて、緊急事態として、総力をあげて取り組んでいるのに対し、この一年で3万人の死者がでている問題に対しては特に……という状態は絶対におかしい!です。

この自殺の動機や原因については次の機会にかこうと思いますが、

その亡くなった方に問題があったんだよ……とか、
ちょっとおかしくなっちゃったんだよ……とかそんなナンセンスな言い訳で片付けるのはやめましょう。

この状況を作っているのは、この”社会”です。
それは間違いないです。

そしてその象徴とされるいきかた、奴隷のように働き、家族とも時間をしっかりもてないような環境をつくり、その引き換えに消費者を飽き足らせ、その緩和状態はを保たせる……

そのサイクルを変えていかなければなりません。

まず、その社会が成り立つ”消費を促す”要を握っている僕たちクリエイターが変わっていかなければなりません。

かつて、ナチスのような独裁者の国家を助長し、人々を洗脳するのに従ったデザイン、日本の国を忠誠を助長したデザイン。。私たちクリエイターは歴史的にみて、多くの間違った方向に人を導いてきたのではないでしょうか?そこを解決していきたい。

問題解決に力を注ぐ理由

なぜ問題にフォーカスをあてるかというと、今までのクリエイターの思考が”臭いものには蓋をする”だったからというのもありますが、問題を解決し社会にフィードバックしていくことが改善への近道だからです。近年乱立しているWebサービスでも、優秀なサービスを立ち上げたチームはこの問題の認識、改善、そしてサービスへの適用がとてつもなく早いです。

今回の震災をとってもそうですね、ニーズは瞬時に変わっていきます。流行なんかよりも全然はやいスピードで。それを無視するのではなく、すぐに認識し、改善していくことが必要だと思います。
そしてクリエイターは僕たちの立場でのその役割をするべきだと。

このことはコカコーラなど商業的に成功を収めている企業でも同じです。
コカコーラはいまや世界中どこにでもあります。
他の飲料会社の比ではありません。どうやってそれをなしとげているのか?
それをこのTEDのビデオで紹介しているので是非みて頂きたいです。

MelindaGates on how we can learn from Coca-Cola :
http://video.ted.com/talks/podcast/MelindaGates_2010X_480.mp4

このような役割をもっとクリエイターの力も注いで取り組んでいくことによって、改善することはたくさんあります。
そして、そういった改善の先にある社会にこそ僕たちがお金を注ぎ、
時間を注ぎ、創ってゆくべき未来があるのではないのでしょうか?

このブログの締めとして、下記の事を、
僕を含め、今一度考えてみませんか?

あたらしいクリエーションの価値、可能性が
見えてくるかもしれません。

・どのように、社会に貢献しているのか?
・貢献したものが”結果”としてどのような影響を及ぼしているのか?
・実際に日々過ごしている中で、社会への貢献を意識できているか?

*1:ファースト・シングス・ファーストとは、1964年、商業主義が爆発的なスピードで進む時代の中に提唱された一つのムーブメント。ちなみにこんかいの宣言文は、2000年にまた改めて提唱された時の文章。

"あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない” は、僕達をあの頃に連れていってくれました。

f:id:hish_1ne:20110624022836j:image:w640

過ぎ去った全ての記憶に、もう一度会わせてくれた。早い夏の贈り物。

見ていて、そう思いませんでしたでしょうか?

携帯を小学生が持つ事が普通になる少し前、
目に見えない人たちとゲームで遊ぶ事が当たり前になる少し前、

僕たちは、子供でした。

そして、裏の山や林、空き地や公園、
神社に集まって遊んだあの日。
突如現れたポケットに入るモンスターでみんな遊んだり。

全て無垢で、今を生きる“自分”で溢れていた、あの頃。

僕が今期で、いや、ここ3、4年のアニメで一番心の隅々まで染みわたったアニメは
「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない」(あの花)です。このアニメ、本当に見れてよかったです。ダントツで、ぶっちぎりで一位のアニメです。

「あの花」は、みんなの「あの頃」の話です。
自分たちの個性が、元気に外に溢れ出す小学生の時、僕らは無邪気にあそぶものです。
そしてその中で、人と人の関係のことを少しずつ、少しずつ勉強していきます。

このアニメの主人公じんたんもそう。仲の良かった友達との中でいつも遊び、したわれるような存在でもあった。それがある事をきっかけにみんなとの関係が薄れていく。だんだんと離れて行く距離、そして変わっていき、成長していき、なぜかみんなすかした顔をし始める。急に「周りと今の自分はもう違うんだ。」と思ったり、自分の事を理解してもらえる人を探すのに苦労するあまり、周りを突き放したり。高校デビューしたり。または全てが嫌になって家にずっといたり。変わった自分を見せつけてみたかったり。思春期とはそういうモノです。人の本質にあるジレンマを“体験”して学んで行きます。教科書に一番触れている年頃ですが、一番体当たりで学んで行く年頃でもあるんですね。

僕たちは、一番大切なものをもってこの世に生まれてくるという事

「あの花」は、忘れてしまったものをまた取り戻す、その過程が描かれたアニメです。

先ほど書いたように、一人一人が体当たりで色んな事を経験し、変わって行く中でお互いの違いが見えてきて、壁が出来始め、いつのまにか言葉すらかわさなくなってしまう。今の僕達にも何人かそういう人はいるのではないでしょうか?僕にもいます。でもね、そんな事関係ないんじゃないですか?その子に話しかけるのに、何のためらいがいるんですか?その子のそばにいようとするのに何のためらいがいるんですか?その子を好きな気持ちを伝えるのになんのためらいがいるんですか?何があっても、やっぱり周りにいる友達が大切で、好きで好きでしょうがない。仲良くしたい。もっと一緒にいたい。そういった純粋な気持ちでいっぱいなんです。でもね、どうでしょう?学校がかわるからでしょうか?年齢がかわるからでしょうか?不思議なもので、その思いを、いつのまにか自分の心にしまっておくようになってしまった。誰にも本当のきもちをいわなくなってしまった。その子の名前や、仲良くなってつけたピュアな“あだ名”ではなくて(その無垢さが“あなる”に象徴されていますね。)、名字で呼ぶようになってしまった。

その、“気持ち”どこでわすれたんでしょうか?

遅すぎるということはない、ただ思い出せるかどうか

そこに、「めんま」があらわれます。このアニメのヒロインです。
彼女がじんたんとした約束をかなえて欲しいと。

それはいったいなんだったんでしょうか?

約束は最終的に「ある形」でわかることになりますが。このめんまの問いかけの「本質」はその約束自体にはありません。その本質は、めんまもきづいていなかったのかもしれません。だけどハッキリとその問いかけが自分達に影響していきます。自分達を変えていきます。最初には、振り向く価値もないと無視していた事にも、違和感を覚え、そしてそれが何なのか自問自答し始める。腑に落ちていない、心にあいた穴はなんなのか。。。。家庭?友達?学校?部活?バイト?色んな所からひっぱりだしますがなかなか見えてこない。


僕が思うに、その人そのひとにつくの心のかたちというのは「幼いころ」ですべてきまります。

ですから、「あれ、いつのまに自分のこんなところがへこんでた。」とか
「こぶになっていた。」とか「きずあとがある。」なんて事があるわけです。

そこに気づいて、それがどうしてなのか?というのを知るという事はとっても大切な事だったりします。
んじゃあ、じんたんたちはなぜ傷つき、悲しみ、何をわすれてしまっていたのでしょうか?

僕はこう思います。
それは「忘れていた本当の自分たち」なのではないでしょうか?

その無垢で、でこぼこなかたちをしているあの頃の自分達を、どこかに置いてくる事で忘れようとしていたのではないでしょうか?

実は僕は、3月11日の後、New Zealandにいた頃の一人の友達にあやまりました。

きっかけはたまたまFacebookで彼が話しかけてきたからなのですが、僕がニュージーランドにいったばかりの頃、仲良くしてくれた友達に、あることをきっかけにムカついて、意地悪して、その子と微妙な関係になっていました。その彼は今では学校も終えてクライストチャーチに住んでいました。

地震をなんとか切り抜けていました。

僕はその時、ふっと思い出して、そしていつ消えてしまうかもしれない自分と友達の命の儚さが怖くなりました。今、言えなかったら。。。と思い、彼に謝りました。「あの時は、ひどい態度で君に接してしまってゴメン。」と。そしたら彼は"Don't worry about it. Let the past be the past"「昔の事は昔の事にしようよ。」っていって許してくれました。ま、この場合彼は「昔の事」でよかったようですが。。苦笑

でもその時、僕はあの頃の自分をやっと今の僕につれて来れた気がしました。

もどかしいかもしれないけど、次彼とあったら、
また仲良かった頃見たいに話せるんじゃないかと思います。

だって、その頃の自分と、今はいっしょだから。

ぜひ、あの頃の自分達に会いにいってあげてください

このアニメをうまく例えようなどとすれば、アニメ版 Stand by meだの、なんだのっていっちゃうかもしれません。でも、そんな他の作品に例えるのはもったいない。「あの花」は間違いなく僕らの「あの花」だし、あのZONEのED、歌詞とかぶるストーリー、ガリガリ君、、、ポケモン、、僕らの世代ど真ん中に作り込まれたこれほどまでの世界感のアニメは(色々あげていきたいけどネタバレになるのでやりませんが。。)これ以上もこれ以下も、前にも後にも出てこないでしょう。

だから、どうかこの作品をみて「めんま」に会いにいってください。
そりゃぁ僕のあの頃にも、めんまのような天使はそばには居なかったし、
嫉妬される程モテてもいませんでしたよ。
だって、卒業式にこくって、付き合ったと思ったら次の日に....sfhalsfh

んな事はどうでもいいんですよっ!


めんまやじんたんたちが見せてくれる、あの花の“名前”。


それはきっと自分しかしらないはずですから。


その“花”に、もう一度会いにいきましょう。


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