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モンスターボール100個

インターネットと一緒にあそんで、かんがえる場所

24回目の僕

さっき24歳になった。
この日記は残り僅かな、最後までの時間を通して
何ができるのかを模索している途中の殴り書きである。

今日という日は、
昭和天皇と同じ名前の僕が生まれて、
北朝鮮の故独裁者が生まれた日でもある。

そんなこんなで、
たぶん僕の世代は何か違って見えたんだろうな。
周りの大人から見て。


僕が子供の頃、僕らと同い年ぐらいの子供達を誘拐したり、ハイジャックしたりした事件が多かった。
なぜ「少年犯罪」がはびこっているのかを、ワイドショーひっきりなしに取り上げていた。

宗教の怖さも知った。人が信じすぎて、他人を殺めることも厭わなくなるとき、
その怖さに、その得体のしれない気持ちに、鳥肌がたった。

震災は関西をおそい、夜の町に燃え盛る炎の映像が目に焼き付いた。
そして両親を亡くした子供が書いた黒い虹の絵。
その時の「恐怖」はそれから約17年後の去年、身をもって体験することになった。

そして映画では「僕らは仮想現実のなかにいるんだ。」と言ってた、銃弾を避けながら。
そしてそいつは最後仮想現実の警備員をぶっとばした。

成功の証であったアメリカンドリームも、
地球の反対側では憎まれることもあることを知った。

そしてその報復と謳いながら、裏では石油を盗む人達の
創り上げてきた文化、そしてその文化に加担してきた
僕らの生活ってなんなんだろうと、
極無意識的にも本能的にそう思った。

ラッパーやポップスターが掲げるライフスタイルなんて
全く幸せなんかじゃないのに、それに魅せられ、絶望して、
いつの間にかコンビニで買える愛に満足して、

「ストレスが原因」という病気に人は悩まされ

親や友達は病み、
なぜか人肌だけが恋しくなったり、

「仕事場には俺の居場所はねぇ、家にも。。」
という大人の愚痴を聞いて


そして、僕らは就職が難しい時代やら、
年金が保証されていな時代がくるやら言われ、

なのに笑っていれば「ゆとり」とくくられる






そんな「時代」




俺らはもう生きなくていい。









あの「時代」
得れたものに対して、犠牲になった代償は

僕らがあの時代で得たものを、シェアして
分かち合いたかった人達との時間と心だ。





でも、人の幸せってなんですかね。

幸せというのは、自分がずっともっているとなくなってしまうもの
なのかと最近は思ったり。

分けてあげて、それで彼が幸せなのをみると、自分も幸せになる。
でも自分がもっているわけではありませんね。

では自分がもってたんでしょうか?
自分も誰かからもらったのかもしれませんね。

それが命の連鎖なのかな。






そういえばね、
尾田栄一郎さんは24さいで「アーロンパーク編」をかいたんだ。

ナミの一言で「あったりまえだ!!」って言って、

勇よく立ちはだかる壁にぶつかっていくルフィ、

かっこいいよね。

あのあと、ルフィは何をするかっていうと、
あの場所時代を壊しちゃうんだ。

「こんな場所があるからいけねぇんだ。」って。

そうだよね、まだまだ現実ひっくり返して、挑戦していけるよね。













さて、もう少し最後まで。