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モンスターボール100個

インターネットと一緒にあそんで、かんがえる場所

勉強になった体験リスト

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全然うまくいかないことばかりなんだけど、
ふと、今までトライしてきたことを思い返しました。

The only 1ne

デザイン系の専門学生になる前、
06年から12年くらいまで続けていた
プライベートブランド

1枚のTシャツをするところから始まり、
渋谷の店舗に委託販売してもらったり、
Chinese-americanラッパーの
Jinに着てもらうところまで行った。
(真相はわからぬままだけどMA$Eにもコンタクトが取れた。)

Flo-ridaのアルバムでブランドをアピールしないかと言われ、
その契約金の額聞いてビビったり、
NYCのグラフィティアーティストCurtis Kuligともコラボした。

これがきっかけで、
アパレルビジネスのこと少し理解できたし、
Koshino Junkoさんの長男の鈴木さんにも少しの間お世話になった。
ここら辺の世界をほんの一瞬でもみれたのはとても良い経験になった。
(Junkoさんのパーティーで神田うのさんを前にして棒立ちしたのは今でも覚えてる)

最初の1枚目を刷った時はまだ秋田で、
当時の「理想」を貫くブランドにしたい!と、
地元の友人知人に話したところ、
全然相手にしてくれなくてショックだった。

で、同時に反骨精神が芽生えて
「絶対のし上がってやる。」と火がつき
フリーターした。

当時はmixiとかを駆使してプロモーションしてたな。
コミュ作ったり。

今はwoodlumをやっているmeatくんとも
mixi通じて知り合ったのこの頃ですね。。
bakanalとかあったなぁ。懐かしいなぁ。

ゆくゆくはこのブランドで
食っていくと思いつつ、
就職活動をしたんだった。


広告制作会社・代理店での勤務

その専門学校での生活も終わった後、
ウェブデザイナーを募集していた会社に
「ウェブできます。」言って
拾ってもらって2年半程勤務。
(入社3ヶ月目にウェブ案件任されて、
出来ずにポカしてウェブデザイナーの方書取られた。)

ここでは自分のデザインのスキルとか、
考え方、仕事への取り組み方、広告・広告業界の成り立ちなど
沢山のことを優しく厳しく教えてもらって、
最終的には案の提案からラフ、入稿、印刷の仕上がり、
撮影も任せてもらえるようになって
本当に有難い経験をさせていただきました。
(予算に関してはノータッチだった。)

同時にここで広告業界で働く上での課題点や、
賞を取りに行く姿勢、バブル期から抜け出せてない感など
リーマンショックまでは少なくとも)自分と広告という業界は
どこまで一緒にやっていけるのか考えるきっかけも沢山。

その後、
代理店に数ヶ月だけ在籍するのですが、
あえなく数ヶ月で退社。

理由は制作会社から代理店に
移籍する間に起こった東日本大震災

これ以上、広告業界の働き方に身も心も浪費し続けるのは
自分の道として選べないと感じ
「自分が心から、社会を良くしていると
賛同できるプロジェクトに
自分のスキル・時間を投資する。」
と考え、当時スカウトしてくれたC...Studyに移ります。

ベンチャー勤務時代

先ほど書いた考えの元移ってきたベンチャー
当時スタートアップはすごいちやほやされて話題になっていたので、
自分もウキウキだったのを覚えています。
入っていきなり広告の受託とは
180度違う開発の手法を学ぶこととなったのです。
リーンスタートアップってやつっすね)

チーム一丸となって長期的に、
新しい手法で取り組むっていうのが刺激的で、
AtlassianのJIRAや、githubなどの当時最先端の手法で
実際に開発できたのは今でも活きています。
(忘れがちだけど)

実際に顧客・ユーザーにインタビューをしながら
開発していくのもとても納得がいく&目から鱗なことばかりで、
広告業界の常識はデザインというフィールドの
ごく一部の常識だったのだな... と気付きました。

その後方針が全然合わず
(自分のベンチャーを立ち上げるタイミングでもあったので)
自分は退社するととなりました。
ベンチャーとは事業だけでなく、
少人数だからこそ
人に大きく左右される場だと学びました。

その人の方針やビジョンと合わなければ、
自分がいくら事業に賛同できても、
継続は不可能なのだな。と。

むしろ少人数で、そんなことでもたついていたら
ベンチャーとして大きな妨げとなってしまうので、
人の相性という根底の部分で一緒に仕事できない場合
速やかに去った方がいいなという判断でした。

でも、その後お互い何度か話す機会もあり、
やめた後も少しお手伝いさせて頂いたりと
双方譲歩し歩み寄ることができたのも、
人と向き合い続けることの大切さを学ぶ良い経験でした。

自社ベンチャー

その後、自分と友人・知人3名で、
東日本大震災の時から問題視していた
ニュースの課題点を解決するために、
「偏見をなくす」ことに取り組むべく
ソーシャルニュースサービスの「byus」を立ち上げます。

これは自分自身の震災での経験
100poke-ballin.hatenablog.com
(現地入りしていた時の、現地とtwitterなどメディア上での情報の違い)
をもとに、時と場合によっては生死を左右する
ニュースの情報を偏りを軽減できるサービス提供し、
より良い判断をしてもらいたい&したいという思いから
動き出したベンチャーでした。

当時の広告業界への不安や不満、
デザイナーとして
仕事とどう向き合えば良いか疑問に感じていた時に、
受託案件をしながらもvolvic
現地に井戸を掘るプロジェクトなどを手がけていた
FICCの荻野さんに突撃アポして
お食事をご一緒させてもらったのだが、
いろいろ話して(そしてお叱り頂いて)言われた
「(いろいろ思っていることがあるなら)土俵に上がりなよ。」
と言われたことも、
当時一歩次へ踏み出せたきっかけだった。

自分の理想・ビジョンがある人は
愚痴よりも何よりも「実践」していかなければいけないのだ。と。
その中で出てくる理想を語るだけでなく、
やっていけない苦しみも理解しながら、やって見せろと。
その上で土俵に上がれた時、
そっからようやく話ができるだろう。と。

そんなことを言われた気がして、
やっぱり自分の会社で、
自分たちのビジョンで
挑戦しようと意志を固めた。

結局はそういうきっかけの積み重ねが、
自分の理想を掲げることだけを追い求めすぎた
プラベートブランドを辞めることだったり、
その後自己表現的な活動をしなくなった理由だと思う。

理想を語ってもあんまり意味ないのだな。
って思ってるというか。
そんなことよりも、少しずつ実現していって
少しでも実際の価値を提供していきたい。


兎に角、そんなことがあって
スタートしたベンチャーだったけど、
これはこれで大変の苦労だった。

特に勉強になったのが組織運営。
チームビルディング。
創業者4人が同じぐらいの熱量で、
同じぐらいの野心で動いていたため、
それをバランス取りながら進めた為、
(しかもバランスとっちゃおうとするから余計にいけない)
組織を作っていく、
みんなの歩調を合わせるのが
いかに難しいかここでも学ばされた。

以前はワンマン社長の元で働いていたから、
今回は共同体みたいでうまくやる!みたいな考えだったけど、
結局は圧倒的なスピードを求められるベンチャーで、
歩調を合わせるだなんてことをすること自体が・・・みたいな。。
ワンマンの方がいいぜ!って簡単な話ではないけど、
やはり一人明確なビジョンを持った人が先導して
それについていく形が一番スピード出せると思った。

ビジョンを持っていれば良いだけじゃなく、
ある程度具体的なサービスプランまで
(このビジョンを実現するため、こうゆう価値を提供したら...と落とし込める人)
描き出せる人が理想的。

4人とも先導したがっていたため、
そのパワーバランスが大変だった。
しかも4人とも実際のところ
やりたいことが違っていたのでなおさら。

あと、リーンスタートアップを履き違えて、
いつまでも未完全なプロダクトをリリースし続けたのも
今思えば反省点。
MVPというのは実用最小限の製品とはいえど、
実用最小限で持って「良いプロダクト」でなければいけない。
この見極めもまた難しや。。。

あとここで学んだのは、
出資者が入ってくる外部のアドバイザーが入ってきた時に
パワーバランスをとるのむずかしい。
なぜか外部から言われたことの方が冷静に見れてると思ってしまう分、
真っ当な感じがしてそうしてしまうのだけど、
実はそうでもなかったりして。
よくわからんうちにプロダクトが
ブレッブレになってしまうことがあるな。と。

そこの手綱を握るのは、
その企業の代表の適応力なので
これまた難しい問題。

自社のベンチャーで思ったのは、
共同創業者4人みんなで!なんて理想郷は
アダルト系のアフィリエイト会社で手早く儲けよう!
みたいなことじゃない限り無理だな。と。
少なくとも現時点のわいでは。

ていうか、それよりにも何よりも、
自分たちがあれだけの時間を費やして、
ユーザーにしっかりとした価値を
提供できたなかったのが悔しい。

フリーランス

このフリーランスっていうのは
Minimum Viable Businessみたいな感じで、
最小限のレベルでベンチャーって
どんなもんかみたいなのを体験してる感じ。

自分の方向性や次やるプロジェクト、
どこと組んで売り出していくか、
どういった案件をどのくらいの予算で...とか、
来年・再来年こうしたいから今年はこのぐらい稼ぐべきか...
を考えるのでとても楽しい。

正直今回書いたことがここ5−8年に凝縮されていて、
さらにプライベートアレヤコレヤも重なり、
かなり精神的に参ってたのだけど、
最近また充電できてきたから、この延長線上に
また起業とかそういうスケールしていくビジョンがあるのかな。
ないかな。どうかなー。

2016年もいっぱいチャレンジしていきます。よろしくお願いします。