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モンスターボール100個

インターネットと一緒にあそんで、かんがえる場所

広告賞が嫌い

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賞離れが進めばもっとデザイン活躍の幅も広がると思う。

強いられて、嫌いになった。

なんで嫌いになったかと考えると、
以前働いていた会社で
「賞」に色んな面で強要されたからだと思う。

当時はまだリーマンショック前で、
バブルの時の雰囲気が残ったまま仕事してる代理店や
クライアントもちらほらいたみたいで。

たまに会う先方の方も、
バブルからバリバリ働いてきたようなスーツを着ていました。
スカーフ巻いたりして。

社内の雰囲気はざっくり言うと
2タイプに分かれていて、

*生活のため仕事をこなす人
*名誉や1流のポジションを生きがいにクリエイティブと向き合う人
(あとは経営者)

でした。
社内の中では、
前者はモチベーションが低く、
お金はしっかり稼げる不動産等の広告はしつつも、
デザインはイマイチまたはつまらない仕事をしている。
といった評価でした。

その人達は完全に下に見られてた。
(経営者視点から見ると真逆だったりするかも。)

で、その後者タイプの人達は、
仕事はこなしつつも、
精力的にグラッフィク面でも、
おもしろく新しく
ー流の中の一流を目指すに
ふさわしいものを作ろうと
切磋琢磨している感じでした。

良く佐藤可士和さんや佐野研二郎さん等の
ADC受賞者常連の名前を出して、
「こういう人たちみたいな作品創りたいよね!?ダッサい奴じゃなくてさ。」
というような、
もうモチベーションが違う人たちとは
一線を画すつもりで仕事していました。

へんな風潮

海外で過ごしたということもありますが、
私は広告業界に入るまで
全くと言っていいほど、
業界内のことを知りませんでした。

著名なアートディレクター、カメラマン、
コピーライター、プロデューサー。
糸井重里さんですら知らなかった。)

もちろんADC, JAGDA,
TDCやTCCも全く知らず。

そんな中で広告業界に入ったので、
当然の常識として
いろんなことを教えてもらい、
その中で「常識」としてインプットされたのが、
「広告賞は目指すべきもの。」
ということでした。

目指してないやつは腑抜けものというか、
成り上りきれなかった者みたいな風潮があり、
とにかくことあるごとに
賞のことを気にしていました。

ある時は代理店が賞に応募するための
作品作りに駆り出されることもありました。
(案だしからラフ作りまでほぼ無給で)

重鎮の先輩方を見つけては賞を取りたい、
そのレベルまでいきたい!という意欲を宣伝して
そういうった人たちと賞を取れるような動きを
しようと模索していました。

そんな上司の下についていたので、
その工程にも参加することになったのですが、
全くもって自分は賞を取ることに興味がなかったので
なんでこんなことをしなきゃいけないんだろう。
という思いでした。

しかもそれに参加できない、
したくないと言おうものなら
「○○みたいな仕事してたいの?!だったら俺とじゃなくてあの人と仕事しなよ。」
という風に仲間はずれするぞ!
と脅される始末。

気が向かないながらも
その中で省かれるのが嫌でやっていました。

賞目的はズレ過ぎ

会社で働き始める前から、
デザインを用いて社会を少し良くしたい、
良くしてると思えることに時間を使いたい。

と思っていたので、正直
「賞をとろう!」というのは
自分の目的とズレすぎていてダメでした。

賞を取ってやる!

大御所も唸る程のクオリティが求められる

それなりに素晴らしい作品が偉ばれる

もちろん素晴らしい仕事しているので、
クライアントにもそれなりに良い影響が出る。

社会を少し良くしている。

という流れで考えると、
「賞取ることでも社会は良くなるで。」
「結果的に社会は良くなってるじゃん。」
ってなるけど、俺は

社会を良くしたい

どうすればより本質的に社会を良くできるか考える

施策・企画を考え実践してみる

良い効果が生まれるor生まれない

結果が評価され、賞を受賞

の方がクッソ健全だと思うんだけど。

でも、前者のモチベーション人が大半いて、
(賞を受賞している人たちは
そんなモチベーションで作ってないかもだけど、
そうじゃない業界内のクリエイターが
ごまんといるんですよ。ほんと。)

もうそれ...手段が目的になっちゃってるっていうか。。
自然と付いてくるものなのに。

褒められたくて作ってるんじゃないんですよね。


誰に、ほめられたいんですか?

褒められたくて作ってるんじゃないんですよね。
役に立ちたくて、よりよくしたくて作ってるので、
結果褒められるわけで...。

誰に褒められたいかという問いに答えることすら
まず自分が役に立つことをしてからすればいいし。

褒められたいからするんか?

みたいなこともあるし。

とにかく、そんな疑問を持ち続けていたので、
その会社の賞を目標とするムードが嫌いになり、
広告業界の中でそれを目指す風潮も嫌いになりました。


かっぴーさんがつぶやいてた



これも、仕事が来るのは自分に対してのメリットですよね、
自分が評価されたい。自分の市場価値を高めたい!っていう。

でも本来は、良いものを作って、
それが、提供したクライアントの事業に対して
ちゃんと効果があって
売り上げがこれだけ上がって、
ソーシャルプレゼンスがこれだけ増えてとかがあって
初めて「良い仕事ですね。」
だと思うんですけど。

あ、違うのか。
「良い作品ですねぇ。」
なのかな。

よくわからなくなってきたな。

でもこんなよくわからないことに
囚われてるよりは
少しでも実際に効果あることを
生み出していったほうが
いいと思いますけど。

実際に仲間内に褒められるより、
仲間内に認められて仕事が来るっていうのより、
実際の顧客に褒められるほうが
ずっと易しくシンプルだと思いますけどね。

結局魅力的に思えない。むしろいらないしがらみだと思う。

日本は本当に多くの
素晴らしいコピー、素晴らしいグラフィックが
溢れているとは思うけど、
これが一重にそういう協会の「賞」の
おかげなのかっていうとそうじゃないと思う。
(そう言った集まりが発足したおかげで、
士気戦後の業界の成長に大きく
貢献したんだろうなとかは思いますけど。)

もし、これが
「しっかり稼ぎながら、やりがいの仕事ができるように...まずは売れよう!」
みたいなことを最初に話してくれたら
自分の賞に対する印象もちょっと違ったかもね。
でもそうじゃなく、うわべだけ
カッコつけた印象があるから嫌い。

あ、あともしかしたらこれは
俺がいつかは受託開発から脱却しようと
昔から思っていたタイプだから
こう思っちゃうのかも。

ずっと受託でやっていたいという人は
ある程度業界のフレームに依存するから
賞を取るのが手っ取り早いかもね。